「家庭医」「患者様目線」「オンラインでカルテ開示」

この3つは、用賀アーバンクリニックのコンセプトです。同院の開設は2000年。今でこそ医療関係者には既視感のあるこれらのキーワードも、当時の医療界では、革新的な試みでした。

それから16年。

激戦区と言える世田谷区用賀で、今なお増患を続ける同院が、いかにコンセプトを立案・実践し、どのような運営体制を選択してきたのか。理事長の野間口医師と、同院を含む病医院の経営をコンサルティングする株式会社メディヴァの岩崎さんが、開業当時をふり返ります。

イノベイティブなコンセプトをとりまく内幕話からみえてきたのは、「我慢強さ」という実直な言葉でした。

画像: 野間口 聡|Satoshi NOMAGUCHI 医師。用賀アーバンクリニック理事長。鹿児島大学卒業後、1997年に医局を離れるまで、脳外科医としてキャリアを積む。2000年より、用賀アーバンクリニック設立に携わる。

野間口 聡|Satoshi NOMAGUCHI
医師。用賀アーバンクリニック理事長。鹿児島大学卒業後、1997年に医局を離れるまで、脳外科医としてキャリアを積む。2000年より、用賀アーバンクリニック設立に携わる。

医療に興味のあるビジネスマン×ビジネスに興味のある医者

岩崎克治さん(以下、岩崎):
本日は、用賀アーバンクリニックのコンセプトについて伺います。

野間口聡医師(以下、野間口):
当院には3つのコンセプトがあります。「グループ診療による家庭医」、「サービスオリエンテッドの医療」、そして「カルテ開示による、参加型医療の実践」です。

コンセプト立案のきっかけは、大石佳能子さん(医療コンサルタント。現・株式会社メディヴァ代表)との出会いでした。彼女は、当時マッキンゼー&カンパニーにパートナーとして在籍しておられました。医療に興味を持ちはじめたころで、お医者さんというのがどういう人たちなのかを知りたがっていたんですね。医療サービスを出前で販売するにはどうしたらいいか、それに対するロジスティクスはどうするかなど、ドクターと意見を交換したり。

その流れから、医療に興味のあるビジネスマンとビジネスに興味のある医者が集まって、ブレストする機会を作ったわけです。当院の創業メンバーになる田中伸明先生、遠矢純一郎先生(現・桜新町アーバンクリニック院長)、小松さん(医療コンサルタント。現・株式会社メディヴァ取締役)もいました。

僕は医者として、医者ではない人たちがどういうことを考えているのかには非常に興味があった。あと、六本木のファーストビル*にいって、なんだかすごいねえと思ったのも記憶に残っています。笑

*六本木のファーストビル:当時、マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社のオフィスは六本木ファーストビルにありました。

「そうだね、変だね」が構想のベースに

画像: 「そうだね、変だね」が構想のベースに

岩崎:
その会合は、勉強会のような位置づけだったのでしょうか?それとも一緒になにかやろうよ、というような感じでしょうか?

野間口:
勉強会でしたね。医療について思うこと、感じていることをざっくばらんに出しあいましょうという会です。

「ここは本当のところどうなの?」とか「なんでこうなの?」とか、医者じゃない人から「変じゃない?」と言われて「そうだね、変だね」という発見もあったりするわけです。

会を重ねるうちに、なにかを一緒に取り組んで将来につながればいいという感覚が出てきました。そこから、自分たちが受けてみたい医療サービスっていうのを作りこんでみるってのはどうかという話になったんです。

岩崎:
患者側の視点で受けてみたい医療ということでしょうか?

野間口:
そうですね。自分たちが患者だったら受けてみたい医療を、自分たちでやってみたいという感じです。患者様目線の医療というコンセプトもここにはじまります。で、これを具体的な構想にしたのが「パーフェクトホームドクター構想(以下PHD構想)」です。

しかしお恥ずかしい話、世の中(アメリカ)ではプライマリ・ケアといわれているものだとあとから知ることになりまして、「無学が露呈したね」なんて笑ったんですが。笑

岩崎:
そこに独自に行きついた、というのは、ある意味すごいですよね。
世の中で言われていることとは関係なく、患者さんがほしいものは何だろう?と考えていくことが、ひとつの先進性につながったのかもしれないですね。

患者さんの立場に近いビジネスマンとのディスカッションもお互いを触発しあえたかもしれません。

自分はメインプレイヤーではない

画像: 当時のメンバー。左・田中伸明医師、野間口聡医師。遠矢純一郎医師。(出典:ホスピタウン2002年1月号/日本医療企画)

当時のメンバー。左・田中伸明医師、野間口聡医師。遠矢純一郎医師。(出典:ホスピタウン2002年1月号/日本医療企画)

岩崎:
用賀アーバンクリニックのスタート時のドクターは、さきほどの勉強会にいたメンバーですね。

野間口:
田中伸明先生と遠矢先生がいて、僕ですね。その時点では、僕が理事長・院長になると思っていませんでした。

岩崎:
ええー!そうなんですか?!野間口先生がリードする感じではなかったのでしょうか?

野間口:
自分はメインプレイヤーではないと思っていたし、今も向いていないと思っています。けれど遠矢先生がまだ医局に属していたり、他にも事情もあって。消去法のようなものですね。

一同:笑

これから加速していくという手ごたえ

画像: 岩崎克治|Katsuji IWASAKI 株式会社メディヴァ取締役。大阪大学基礎工学部大学院修了。分散アルゴリズム論を専攻。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントを経て(株)インクス入社。新規事業の立上げ、パイロット工場の工場長、クライアント企業の製品開発プロセス改革に携わったのち、2002年㈱メディヴァに参画。

岩崎克治|Katsuji IWASAKI
株式会社メディヴァ取締役。大阪大学基礎工学部大学院修了。分散アルゴリズム論を専攻。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントを経て(株)インクス入社。新規事業の立上げ、パイロット工場の工場長、クライアント企業の製品開発プロセス改革に携わったのち、2002年㈱メディヴァに参画。

野間口:
PHD構想のもうひとつの要は、患者様がどこにいても、インターネットで自分のカルテが共有できて、同じ情報をもとに医療が受けられるような医療機関のネットワークを作ろうということです。

岩崎:
開業の2000年からオンラインでカルテを閲覧できる「オープンカルテシステム」の導入に着手、導入されていますね。

野間口:
今でいうところのクラウドですよね。その当時その概念はなかったわけですが、だいぶ前からやっているよって思っています。笑

岩崎:
これもやはり、欲しいものから発想することで行きついた考えですよね。90年代後半クラウドという言葉もなく技術もまだまだ未熟でした。できるかどうか?と考えていたらできなかったかもしれません。インターネットも普及しはじめの時期でした。

野間口:
インターネットを通した「カルテの完全開示」とそれによる「患者様参加型医療」というコンセプト、これが理解されるには、新しいものを受け入れられる土地柄でなくてはいけません。立地を決めるときには、近所の方々にインタビューして、どういう考えの方たちが住んでいるのかを理解しようとしました。やはり世田谷区という立地は重要だったと思います。

岩崎:
なるほど。

野間口:
当時の構想は、ひとつのクリニックだけではなく沿線全体で、医療機関が、ある場所のデータベースにカルテ情報を置く。データベースには各医療機関からアクセスでき、その患者様がどこの医療機関にかかっても前の履歴を引き継いで質の高い均一な医療を受けられる。そんな仕組みができればその沿線住民はハッピーだねっていう構想もあったんですが。それはまだ実現できていません。

岩崎:
やはり医療のような分野でアグレッシブで大きな構想を実現しようと思うと時間がかかると思います。

野間口:
沿線すべての医療機関というのはまだ先の話ですね。同じネットワーク(法人)内でも情報共有の取り組みを進めていますが、これはツールを用意するだけで簡単に実現するものではありません。東急田園都市線用賀駅にある当院と、お隣りの桜新町駅の桜新町アーバンクリニックで双方の事務スタッフの行き来やドクターの交流などがはじまっています。そういう関係性も重要です。

これまで10年以上かけて、それぞれのクリニックで良い医療を作っていくのに手一杯だったということもあって、やはり時間がかかりました。これから加速していくという手ごたえは得られています。

コンセプト実践のために必要なこと

画像: コンセプト実践のために必要なこと

岩崎:
時間をかけて進んできたわけですが、これまでの年月を振り返って、コンセプト実践のポイントとかありますか?

野間口:
我慢強く、まじめであることでしょうか。開院直後は赤字でした。

岩崎:
用賀駅周辺は、当時も今も診療所にとっては競争が激しいエリアですね。経営に関しては、マッキンゼーを辞めた大石さんと小松さんがコンサルタントとして関わっていたんですよね。

野間口:
はい。コンセプトは固まっていたし、医者もコンサルもコンセプトを共有できているから、どんどん病院をつくればいいと思っていた。けれど、はじめてすぐにそれは無理だと気が付いた。医療とはいえビジネスですから、「結果がでないからやめる」という選択肢がないわけではありません。

その時に、でも医療だから、責任があるからと、「じっくりまじめにひとつひとつやっていこう」とシフトチェンジできたことが大きい。

岩崎:
今でこそ「いい医療機関をつくろう、連携しよう」というと、だいたいこのくらいかかるなという時間軸も分かってきましたが、通常、マッキンゼーでひとつのプロジェクトにかける時間は3か月程度ですから。

野間口:
当時は大石さんも小松さんも、経営のプロであっても、医療は素人でしたからね。簡単に投げ出さずに我慢強くやったと思います。徹底して患者目線でつくったコンセプトを実現しようと、僕らの診察室の裏で流し台にPCおいて仕事をしているわけです。

そのやりとりを聞きながら思うところもあり、それでもそれなりに学び、経験もつんで、試行錯誤して用賀でパフォーマンスを出し続けた。その後は、外来だけでなく、健診機関のイーク丸の内を再生させたり、大規模病院の案件でも実績をつんで。小松さんなんかは、本まで書いたね、偉くなったね。笑

岩 崎:
経営や運営には、今でも、医療業界出身ではないスタッフが多くかかわっていますね。第2回では、用賀アーバンクリニックの現在の院長・田中勝巳先生、事務長の越路公雄さんにも加わっていただき、運営体制について伺います。

次回「【家庭医×グループ診療】vol2診療所運営で業界経験よりも大切にしたこと」につづきます。

取材・文:岩崎克治 校正:塚田史香
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