2009年6月、東京都世田谷区に桜新町アーバンクリニック在宅医療部を立ち上げ、同時に在宅医療の現場にスマートフォンの活用を導入した遠矢純一郎医師。iPhoneを活用した患者情報の共有や、ディクテーションによるカルテ記述が話題となり、翌年の孫正義氏との対談や2013年MCPC Award(モバイルコンピューティングコンソーシアム)特別賞受賞をきっかけに、今なお在宅医療業界において注目を浴びる存在です。

ICT活用のパイオニアであると同時に、あくまでひとりの医師として、地域の在宅医療を支えるチームのひとりとして、遠矢医師は今なお現場の患者さんと向き合い続けています。ICT活用の経緯を伺う中で、同院がICT活用の草分けとなり、その成功事例となりえた理由が見えてきました。

画像: ICTが根づく在宅医療現場のヒューマンネットワークvol.1  
遠矢純一郎医師インタビュー

遠矢純一郎|Junichiro TOYA
総合内科専門医。日本在宅医学会指導医。スウェーデン・カロリンスカ医科大学 認知症ケア修士。桜新町アーバンクリニック院長。1992年鹿児島大学医学部卒業。大学病院・公立病院などの勤務を経て、2000年用賀アーバンクリニック副院長。2004年から在宅医療に取り組み、2009年より現職。

楽になるように、せめて楽しくなるように

―― 桜新町アーバンクリニック在宅医療部は、今年で8年目を迎えましたね。

遠矢純一郎医師(以下、遠矢):そうですね。在宅医療部をスタートしたとき、iPhoneは第2世代、まもなく第3世代がでるというころでした。

―― 第2世代といえば、日本で最初に販売されたiPhoneです。初めて手にしたiPhoneが在宅医療に生かせると気づいたきっかけはありますか?

遠矢:僕は、もともと道具が好きなんです。ネジ回しとかドライバーとか、山登りの道具でもカメラでも。だからiPhoneをはじめて手にした時も、「これで何ができるんだろう」と考えました。手にした道具で自分の世界がどう広がるのかを想像する性質なんです。

――道具を使った作業がお好きなのですね。性格もマメな方ですか?

遠矢:いやいや、むしろ、基本的に面倒くさがりです(笑)。

自分の仕事に楽になるように、楽にならないならせめて楽しくなるようにやっていきたいなと思っています。今はそこに、スマホがあてはまっているという感じですね。いろいろ試してみて、うまくいくものであれば「ほらほら、こんなことができるよ」と技を見せるように、みんなにも、学会でもやってみせる。するとみんなも興味をもって飛びついてくれるわけです。楽にするか、おもしろくするか。そうでもないと、新しい仕組みは上手く根づいて行かないんじゃないかなと思うんです。

ICTの前にヒューマンネットワークありき

――iPhone活用のメリットを強く感じるのはどういった場面ですか?

遠矢:在宅医療は、患者さんの生活するご自宅や施設で提供するものですが、そうはいっても医療現場ですから緊張の走る場面が多々あります。コール当番(同院は持ち回り制で医師、看護師が電話対応します)の時は、いつ、どの患者さんから緊急連絡が入るかわからない。患者さんの数が4、50人であれば顔も病歴も覚えられますが、400人となると誰からかかってくるかわからない。

だからコールが入った時の緊張感は、ものすごいものなんです。救急搬送が必要な場合もあるけれど、必ずしも手元にカルテがあるわけではなく、この時に唯一頼りになるのが、いつでもどこでもiPhoneで引き出せる患者情報です。この緊張は僕だけでなくスタッフ皆にも同じですから、メリットというよりも、救急の場面でもちゃんとした対応をするために必要に迫られて使っているといった方が正確かもしれません。

――先ほどは「楽になるように、面白くなるように」とおっしゃっていましたが、実際には、緊迫した状況でも医療の質を保つために必要なツールなんですね。「ICT活用で円滑なコミュニケーションを」といった言葉も耳にしますが、実感する事例はありますか?

遠矢:たしかに従来の携帯電話ではできなかったコミュニケーションをスマホでできるようになりました。でも、ICTでよい関係、フラットな関係が築けるわけではないんじゃないかと考えています。だから、ICTだけがクローズアップされるのは、ぼくはなんだか、とっても嫌なんです(笑)。

ここには大きな検査機械もありませんし、薬もありません。在宅医療では、現場にいってしまえば机さえありません。要は、人しかないんです。このクリニックが良い医療を提供できているとすれば、それはこの在宅医療部というチームのおかげです。

まずはヒューマンネットワークありきですから。これがファーストであり、それがないとICTに限らず現場での色々な取り組みは定着しないでしょう。院内の関係においても、院外の連携においても同じことです。

それぞれの視点をもつプロフェッショナル

画像: 写真提供:桜新町アーバンクリニック

写真提供:桜新町アーバンクリニック

――在宅医療の現場における、理想的なヒューマンネットワークについてお聞かせください。

遠矢:それぞれがそれぞれのプロフェッショナリティを発揮できる関係でしょうか。在宅医療の医師と看護師の関係で言えば、「患者さんとご家族」を前に対等にディスカッションできる関係です。

このクリニックでは、患者さんのお宅を回る時にドクターと看護師がペアで回ります。施設によってはドクターがおひとりで回るところも多い中、今日も6台の往診車で6組の医師と看護師が患者さんのお宅を回っています。それは決して、看護師さんに医者の補佐をせよということではないんです。

在宅療養には医療だけでなく生活を支えていく視点が欠かせません。食事、排泄、入浴、移動など様々な生活支援を行うスキルは医師よりも看護師の方が専門家です。診療に同行しているからこそ見えてくる病状とそこからもたらされる生活問題について、家族からの相談を受けたり、連携先のケアマネージャーや訪問看護師に情報共有したりという役割を担っています。

――院長である遠矢先生が、まず各職種のプロフェッショナリティを尊重され、それが結果としてクリニック全体の文化として浸透してるのかもしれませんね。

遠矢:これによりお互いがお互いの仕事に専念できる環境にもなります。この仕組みを気に入っている理由は、もうひとつあります。診療後の移動中の車内で情報も感情も共有できるところです。

在宅医療では、がんの終末期の患者さんを支えるケースが非常に多いのですが、これは時に、心理的にしんどいことなんです。でもそれを一人ではなく二人で、移動中の車内で「お母さんつらそうだったね」とか「娘さんどんなお気持ちでしょうね」とか、ディスカッションしたり気持ちを出したりできるんですね。そういう効果があると思っていて、僕自身、この形にすごく救われている気がしています。

これだけのパートナーとなると、看護師さんとしては、病院で経験するような指示を出す側(医師)・受ける側(看護師)という関係とは変わってきます。意識も変わりますので、お互いの視点をもったプロフェッショナルとして、チームを組んでタッグを組んでやっていけるようになるのだと思います。

ーー先生の意識と、ペアで回るという仕組みが、ヒューマンネットワークのベースにあるようですね。たしかに理想的な関係です。しかし、実現はなかなか難しいことにも思われます。次回(Vol.2)は、バックオフィスを拝見しながら、日ごろの具体的な取り組みやヒントを探してまいります。

【冒頭の写真について】

画像: 同院のスタッフの方が撮影された1枚です。遠矢先生は、基本的に患者さん宅ではパソコンを開かないそう。「(患者さんのお宅にPCを持ち込むのは)につかわしくない気がするから」との言葉に、同院が目指す在宅医療の本質を垣間見た気がします。

同院のスタッフの方が撮影された1枚です。遠矢先生は、基本的に患者さん宅ではパソコンを開かないそう。「(患者さんのお宅にPCを持ち込むのは)につかわしくない気がするから」との言葉に、同院が目指す在宅医療の本質を垣間見た気がします。

取材・文:塚田史香
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