全3回にわたりお届けする、遠矢純一郎医師へのインタビューのVol.2です。遠矢医師は、在宅医療の現場におけるICT(情報通信技術)活用のパイオニアとして注目され、自身が院長を務める桜新町アーバンクリニックはICT活用の成功事例として数多くのメディアに取り上げられています。

しかし前回のインタビュー(Vol.1はこちら)で見えてきたのは、遠矢先生の「ICTの前にヒューマンネットワークありき」という姿勢でした。Vol.2となる今回は、同院の医師、職員の方々が、いかにしてフラットな関係を築き、在宅医療に有用なヒューマンネットワークを構築しているのか、実際の取り組みを伺います。

画像: ICTが根づく在宅医療現場のヒューマンネットワーク Vol.2
遠矢純一郎医師が「フラットな組織作り」に取り組む理由

遠矢純一郎|Junichiro TOYA
総合内科専門医。日本在宅医学会指導医。スウェーデン・カロリンスカ医科大学 認知症ケア修士。桜新町アーバンクリニック院長。1992年鹿児島大学医学部卒業。大学病院・公立病院などの勤務を経て、2000年用賀アーバンクリニック副院長。2004年から在宅医療に取り組み、2009年より現職。

朝からみんな、ソワソワします

――このインタビューは、桜新町アーバンクリニック在宅医療部で行っています。壁も仕切りもなく開放的なオフィスですね。先生のお席もこの中にあるのでしょうか?

遠矢純一郎医師(以下、遠矢):あの、中央のあたりです。

――どの席からもアクセスしやすい位置ですね。やはり職員の方々との距離を意識されたのですか?

遠矢:もとは、くじ引きで決まった席です。

――くじ引き?

遠矢:僕らは半年に一度、医者6名、看護師、ケアマネ、事務もメンバー全員、総勢30名がくじを引いて席替えをします。僕も毎回参加して、あちらとかこちらとかの席に座ってきました。ただ、ある時、今の場所になったところ「そこにいてくれると助かる」「便利」「この席で固定」とスタッフから言われまして…...。それ以来、僕だけこの席に固定なんです(笑)。

――少し淋しい気もしますね(笑)。とはいえ、遠矢先生の両隣りも変わるのですよね?ドキドキしますね。小学生の頃、席替えは一大イベントでした!

遠矢:当日は、みんな朝からソワソワしていますよ。「誰から引く?」「えっ!私から!?」みたいに盛り上がるので、小学校の頃のようなドキドキ感は提供できているかなと思います(笑)

――全員参加のくじ引きとなると、部門ごとの島(デスクのカタマリ)はどうなるのでしょうか。

遠矢:もちろんバラバラになります。今の僕の席は、在宅の看護師さんと看多機の看護師さんに鋏まれています。その前はソーシャルワーカーさんがお隣りでした。

画像: カンファレンスの風景。立っているのが遠矢先生。バランスボール利用率の高さも気になります。©naoko oyama

カンファレンスの風景。立っているのが遠矢先生。バランスボール利用率の高さも気になります。©naoko oyama

自然と溝は生まれるもの

――業務上の不都合はありませんか?

遠矢:やりとりの多い人と離れてしまうことはありますが、ワンフロアのオフィスなので数秒歩けば解決します。それ以上に、隣に座る人の影響力はなんだかんだ言っても大きいものです。それがしょっちゅう入れ替わり、中には相性がいい人悪い人もいるでしょうし、多かれ少なかれある種のストレスはあると思っています。それを受け入れ、その時に隣り合わせた人たちとお互いに上手くやっていく。この繰り返しは、個々の自信、組織全体の強みになると思っていて、そこに面白さもあります。みんなも面白いと思ってくれているといいのですが(笑)。

――席替えは、楽しみであると同時に、コミュニケーションを生み、組織を強化する仕掛けでもあるのですね。

遠矢:この人数の組織でさえ、スタッフ同士の固まりから、なんとなくグループができていくものなんです。放っておけば、グループとグループの間は自然と溝になるでしょう。医療の現場でありがちなのは、医者と看護師の溝。医者同士の会話に看護師が入りにくさを感じたり、その逆も実はあったりします(苦笑)。

その溝を作らないためにも、医局や看護ブースは作りたくなかったし、先ほど開放的と言われたこのオフィスも、実はワンフロアという条件にかなりこだわって探しました。お互いの顔が見えて、例えば向こうの机で、患者さんの対応に困っているスタッフがいたら、その空気を全体で感じて共有できる。「どうしたの?」「大丈夫だった?」と声をかけあえる関係を作る。一人で抱えなくて良いように、部門ごとにフロアや部屋が別れないようにしたかったんです。

――物理的に、溝ができるのを防止されているのですね。

遠矢:季節にあわせたイベントや、有志での旅行も企画するのですが、これもやはり普段の自然なコミュニケーションが人間関係の土台を作っていると考えているからです。スタッフが手を挙げて企画してくれることも増えてきて、今では職員同士でこんなに遊ぶ機会はなかったなというくらいよく遊んでいます(笑)。

――その様子はFacebookやブログで拝見しました!

遠矢:医療職の人は、どうしてもピラミッド型の組織に慣れているところがありますから、相当意識して取り組まないかぎり、自然とフラットになることはないだろうなと思っています。特に在宅医療は、多職種連携が基本となりつつあります。それぞれの職種の強み、弱みを、それぞれのプロフェッショナリティーで補い合い、患者さんを支えていく医療ですから、医師も看護師もケアマネも、対等にディスカッションできる関係性でないと機能しないと考えているんです。

根っこが患者さんの方を向いているかに尽きる

――対等にディスカッションできるフラットな関係となると、ピラミッド構造であればすんなり通ったものが通らなくなる等、かえって関係性が悪くなることはないのでしょうか。たとえば最近スタートされた看多機※の時はいかがでしたか?

遠矢:新しいことを始める時には、さすがに素直にはいきませんよ。うちのメンバーも侃侃諤諤としました(笑)。「今は看多機と言う新しいことに手を出すよりも、積みあげてきた在宅医療を極めていくべきだ」というスタンスのスタッフもいました。一方で、「在宅医療の質を担保しながらも、新しいことにチャレンジしたい」と言うスタッフもいました。

※同院は2017年5月1日に世田谷区最初の看多機となる「ナースケアリビング」を開設しました。

――どちらの意見も正解に聞こえます。結果的にチャレンジされ、開設に至ったわけですが、その決め手は?

遠矢:最後は「患者さんのメリットになるかどうか」です。この件に限らず、職種を超えて自分が考えたこと、思ったことをチームの中で、発言し、提案し、問題提起する。それが単に「自分の職種がキツイから」「楽をしたいから」というレベルの話のこともあるでしょうが、前提として、患者本位でないといけない。根っこが、患者さんの方を向いているかに尽きるんです。「患者さん本位」に根ざしていないと議論になりませんし、根ざしているからこそお互いを受け入れられるという気がします。

画像: 根っこが患者さんの方を向いているかに尽きる

――医療職ではない者からすると、「患者さん本位」は、当然そうあるべきと期待しているところもあります。実際の医療現場では、必ずしもそうではないということでしょうか?

遠矢:自分も含めた反省として言えるのは、従来の医療は病気を治すことに意識が集中していて、「患者さん」以上に、症状やデータ等「病気」をみてきた感じがある。でも、今、僕らが向き合う高齢の患者さんのための医療の中には、治せない病気もあるんです。もちろん治すことを諦めるわけではありませんが、在宅医療における治療の目標を「治すこと」だけにおいてしまうと、場合によっては患者さんにとってハッピーではない状況をも作り出しかねない。治らない病気をもつ方が、自分の望む生き方、最後の過ごし方に向かえるよう支援することも、在宅医療の大事な仕事だと思うんです。

――その意味で、医療の中でも「根っこが患者さんの方を向いているか」を強く問われる領域ですね。

遠矢:在宅医療って、患者さん一人ひとりの生活の中で、患者さんにあわせた医療を組み立てていく、オーダーメイドの医療だなと感じています。その方にとってのよりよい形の医療は、自分たちの価値観ではなくその人に根ざした価値観で考えないと見えてきません。患者さんの生活状況を把握できないと、こちらの提案も一方的になってしまう。ご本人の思いをどこまで引き出していけるかで医療の質も変わりますから、それを患者さんから引き出せるチームでありたいです。

――引き出すための工夫はありますか?

遠矢:チームでの往診に伺う体制ですね(前回インタビュー参照)。看護師は会話の中で「実はあの患者さんはこんなことを思っていた」「こんな辛さを抱えていた」といったことを聞き出してくれることがすごく多いのです。患者さんやご家族の中にも看護師との会話の方が話しやすいという方もいらっしゃいます。そのためにひとりの医者、ひとりの看護師で無理ならば、地域の力も借りて、チームワークでやっていこうというのが、当院の考え方です。そのためには、やはり普段から物を言いあえる関係であるべきですし、そうでないとお互いを支えあえる関係にはなれません。

――患者さんを支えると同時に、スタッフ同士を支え合うためのチームなのですね。

遠矢:誤解を恐れずに言うと、治せない医療は医療職にとってはしんどい部分もあるんです。ひと昔前まで「看取りは医療の敗北」「治してこそ医療」と言われていた世界(業界)で、「その人らしく」という医療を提供し続けていくことで、自分の仕事の意味を見失いかねない時もあり、下手をすればバーンアウトしてしまう方も出てくる。

それに加えて、たとえば何年もお付き合いのあった大好きな患者さんが死んでいく。これはしんどいことですし、ご家族が患者さんとの別れを「辛い」と泣いていらっしゃれば、僕らだってしょんぼりしてしまう時もある。医療を提供しつづける僕らの側も、ダメージ受け続ける。そのしんどさを支えあうのが、チームであり仲間であると思っています。

画像: 看多機「ナースケア・リビング世田谷中町」は、2017年5月に開設。同年7月には、認知症の方に優しいデザインが認められ、英国スターリング大学DSDCより日本初の認知症デザイン《ゴールド》を受賞しました。©naoko oyama dementia.stir.ac.uk

看多機「ナースケア・リビング世田谷中町」は、2017年5月に開設。同年7月には、認知症の方に優しいデザインが認められ、英国スターリング大学DSDCより日本初の認知症デザイン《ゴールド》を受賞しました。©naoko oyama

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遠矢医師が、在宅医療の現場でフラットな関係性にこだわり、ピラミッド型ではないチーム作りに力を入れてきた理由が見えてきました。全3回にわたるインタビューの最終回では、地域との医療介護連携について、さらに在宅医療とクリエイティビティの関係について伺います。

ICTが根づく在宅医療現場のヒューマンネットワークVol.3 遠矢純一郎先生に聞く「情報提供というホスピタリティ」とは?

取材・文:塚田史香
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