美味しく安全に自分の口から好きなものを食べる。
そんなごく当たり前に思えることが、嚥下機能が低下し始めた高齢者には難しい。
患者さんのQOLに大きく関わるポイントだからこそ、医療者にとって、嚥下評価は悩みどころの
一つではないでしょうか。
約400名の在宅患者さんを抱え、年間約100名のご自宅での看取りを支える【桜新町アーバンクリニック在宅医療部】。
在宅患者様のQOLを維持したいー。
そんな思いから、遠矢純一郎院長を座長に≪言語聴覚士 大野木宏彰先生≫を講師に迎え、地域の医療者を対象とした「在宅でもできる嚥下評価セミナー」が開催されました。
講師紹介

講師:言語聴覚士 大野木 宏彰先生
大野木 宏彰 │Hiroaki ONOKI
言語聴覚士、日本摂食・嚥下リハビリテーション学会認定士、介護支援専門員
岐阜赤十字病院を経て、小笠原訪問看護ステーションにてリハビリ部門を立上げ。
頸部聴診法を用いた嚥下評価に力を入れており、院内外の摂食嚥下講習会講師や岐阜摂食嚥下多職種連携研究会世話人を務めるなど、地域の高齢者在宅ケアの充実を目指し活躍中。

【著書】
『嚥下の見える評価をしよう!頸部聴診法トレーニング』
『頸部聴診法を使った嚥下の見える評価マニュアル』
(ともにメディカ出版)
嚥下の見える評価をしよう!在宅でもできる頸部聴診法
大野木宏彰先生は、書籍『上野千鶴子が聞く 小笠原先生、ひとりで家で死ねますか?』でも知られる在宅緩和ケアのパイオニア、岐阜県の小笠原内科に併設する訪問看護ステーションに在籍されています。言語聴覚士として、頸部聴診法の有用性を提唱され、摂食・リハビリテーションに関する著書の執筆やセミナー講演を数多くされています。
今回のテーマは「在宅でもできる頸部聴診法」。嚥下評価のツールとして、カメラではなく、聴診器一本でそれをやってのけようという大変興味深い内容です。

「VFができない環境でもしっかりした嚥下の評価を!」というコンセプトのもと、多くの映像や音声とともに行われた実習では、大野木先生自ら身体を張って(!?)再現された嚥下音の数々に、時おり会場は笑いに包まれました。和やかな雰囲気ながらも、真剣に実習に取組む参加者の姿が目立ちました。
嚥下前後における異常音の判断基準、聴診トレーニング法といった聴診のコツをわかりやすく学ぶとともに、視診や触診を交えた総合的な嚥下評価スキルについて、実習を通じ大変実践的に伝えられた講義内容でした。
セミナー概要
「頸部聴診法」とは、簡単にいうと頸部に聴診器をあてて、嚥下の音や呼吸の音を聞いたりして、嚥下の状態を把握する方法です。頸部聴診を中心に、視診、触診を加えた総合的な評価を行うことで、摂食・嚥下評価精度を高めることができます。
大野木先生からは、まず在宅現場における「頸部聴診法」の有効性についてのお話がありました。
頸部聴診法は嚥下障害の有無をスクリーニングする精度が80%以上であるといわれますが、現場では、スクリーニングに留まるのではなく、病態の把握を目指したいというご紹介がありました。
模式図や画像を用いて、嚥下の解剖・メカニズムについて、わかりやすく解説いただいたあと、嚥下を評価するうえで着目すべき「3つの嚥下機能」について、実際に舌骨と甲状軟骨の触診などの実習が行われました。
【3つの嚥下機能】
■ 咀嚼・食塊形成~送り込み
■ 咽頭クリアランス
■ 嚥下反射のタイミング
頸部聴診法を上手く活用するには、まずは、自分の中に「病態の判別方法」「聴診の判断基準」を作ることが重要です。そのためには、実際に繰り返し音を聞いて耳を鍛え、良い音と悪い音を聞き分けることが大切であるとの説明がありました。
嚥下音の聞き分けについては、正常音が明瞭な音であるのに対して、異常音は主に5種類に分類されます。この特徴的な「5つの異常音」を認識しておくと、評価をするうえで大変役立つそうです。
【5つの異常音】
■ 詰まり音
■ 弱い音
■ 逆流音
■ 連続音
■ 反射遅延音
続いて、嚥下音聴診のポイントについてお話がありました。
まず嚥下音の異常があり、その後の反応として、呼吸音の変化が出てくることから、嚥下音と嚥下前後呼吸音の両方を用いて評価することの重要性についてご説明いただきました。

【嚥下音聴診のポイント】
■ 音のキレ
■ 音の大小
■ 音の回数
■ 空気嚥下音
実習では、「5つの異常音」の聞き取りのほか、嚥下機能を評価するうえで重要な舌骨位置、可動性、喉頭挙上などを確認しました。
最後に、視診・触診・聴診をフルに活用した嚥下評価のポイントについて解説いただきました。
【嚥下評価のポイント】
■ まずは咽頭クリアランスを考え、その後に嚥下反射のタイミングを考える
■ 比較的安全なトロミ水やゼリーで評価を開始して、病態を把握する。
評価を考えるとき、一問一答式で評価するのではなく、クロスワードパズル式に相互の関係性を理解しながら、全体を俯瞰して評価することで病態を把握することが可能になる、とのお話でセミナーは締めくくられました。
在宅患者様のQOLを守る

嚥下機能は、患者さんのQOLに大きく関わる要素です。
嚥下障害の臨床において、VF(嚥下造影検査)やVE(嚥下内視鏡検査)の重要性は言うまでもありません。しかし大きな病院と違い、嚥下障害に精通した医師や、歯科医師、STなどを抱えない在宅医療の現場では、そればかりに頼れない現状があるのも事実です。
桜新町アーバンクリニック在宅医療部においても、また例外ではありません。今回のセミナーは、桜新町アーバンクリニック在宅医療部に在籍する、ある看護師さんの発案から企画され、実施に至りました。
もともと今回のセミナー講師である大野木宏彰先生と同じ、小笠原訪問看護ステーションに勤務していた五島さん。訪問看護認定看護師の資格を持つ彼女は、訪問看護の経験から、自宅のベッドサイドでいつでも行える嚥下評価の重要性を常々感じていました。
在宅での嚥下診療には、主治医、歯科医師、看護師、ヘルパーなど多や種の連携が必要です。中でも、患者さんやそのご家族の生活に寄り添い、近くで接する機会の多い訪問看護師の役割は重要です。日頃から患者さんの状態をよく観察し、細かな気づきがなければ、最適なケアを提供することはできないからです。
在宅における頸部聴診法の有用性について、院長の遠矢純一郎医師は「患者さんの日常的な嚥下機能を評価するうえで、医師や歯科医師だけでなく、ベッドサイドで誰もが手軽に行える頸部聴診法は、実践的で重要なアセスメントのひとつです」と言います。
今回、大野木先生のセミナーに参加した同院のスタッフは、実習で実際に嚥下音を聞きながら、良い音と悪い音の違いについて、体感しながら学ぶことができました。
「頸部聴診法」は必ずしも一朝一夕に身につくものではないかもしれませんが、終末期の患者さんの「口からものを食べる」という喜びを支え、少しでもQOL向上につなげるために、まずは音を聞き分ける訓練から始めるのが近道だと言えそうです。
講師:言語聴覚士 大野木 宏彰 先生

略歴:
日本摂食・嚥下リハビリテーション学会認定士、介護支援専門員。岐阜赤十字病院を経て、小笠原訪問看護ステーションにてリハビリ部門を立上げ。頸部聴診法を用いた嚥下評価に力を入れており、院内外の摂食嚥下講習会講師や岐阜県摂食嚥下多職種連携研究会世話人を務めるなど、地域の高齢者在宅ケアの充実を目指し活躍中。