世田谷区初、医療機関が手がける看多機
世田谷区で初となる、新しい地域密着型サービス「看護小規模多機能型居宅介護(通称:看多機。かんたき)」が、2017年5月1日にスタートします。同区内で在宅医療や訪問看護を担ってきた桜新町アーバンクリニックが手がける「かんたき」、『ナースケア・リビング世田谷中町』です。
「看多機」は、2012年に始まった新しい地域密着型サービスです。全国的な広がりをみせていますが、その多くは訪問看護介護分野の業者や企業による運営です。『ナースケア・リビング世田谷中町』のように、医療機関が運営を手がけるのはめずらしい例であり、これからのモデルケースとして注目を浴びています。医療、介護、リハビリスタッフが統合したチームを組むことで、これからの地域包括ケアシステムにどのような可能性を広げることができるのでしょうか。開設準備を進めるスタッフの方々に、看多機開設の経緯と、その目的を伺いました。

左から、遠矢純一郎(医師、桜新町アーバンクリニック院長)、片山智栄(看護師)、大場哲也(介護支援専門員、介護福祉士)、五島早苗(訪問看護認定看護師)、村島久美子(作業療法士)。
「看多機(かんたき)」とは?
看護小規模多機能型居宅介護(通称:看多機)は、2012年にできた新しい地域密着型サービスです。ひとつの事業所が介護サービスのすべてのサービス(訪問介護・訪問看護・リハビリ・通い・泊まり・ケアプランの提供)を提供することで、利用者のお家での生活を支援するものです。また、在宅医師と協働で、介護スタッフ・看護師・リハビリスタッフ、栄養士、薬剤師等の多職種がひとつのチームでケアを提供していきます。

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顔なじみの看護・介護スタッフで支えるサービス群
-「看多機」についてお伺いします。基本的な介護サービスと在宅での医療を、まるごとみてくれる施設、ということでしょうか?
遠矢:施設というよりは、「ご自宅での生活をできるだけ続けられるように支えるためのサービス群」ですね。従来の「小規模多機能型居宅介護(泊まり・通い・訪問介護)」に、訪問看護が加わったものを指します。当初はこれを『複合型サービス』と呼んでいましたが、平成27年から名称が「看護小規模多機能型居宅介護(通称:看多機)」に変わりました。介護スタッフと看護師のコラボレーションで、ご自宅での生活を支援しながら医療的な処置治療もできるようになります。

桜新町アーバンクリニック在宅医療部のオフィスにて。左から、遠矢先生、片山さん、大場さん。
――「安心できて良さそう」とイメージはできるのですが、利用者の生活においてどんな場面で違いが出るのでしょうか?
村島:利用者の方々の目線でいえば、今までは体がだんだん辛く、ダルくなってきた時に、変化にあわせて必要なデイサービスやヘルパーさんなどのサービスを事業所ごとに契約していかねばなりませんでした。「看多機」であれば、たとえば「ナースケア・リビング世田谷中町」と契約するだけでケアプランの作成から、医療依存度にあわせて柔軟に必要なタイミングで必要なサービスを受けることができます。
―― なるほど、契約関連の手続きが一度で済むのはありがたいです!
大場:一度の手続きでマルチに使っていただけるだけでなく、顔なじみのスタッフに一貫した対応をしてもらえるのも大きなポイントです。これまでの介護の仕組みでは、医療管理が増えていくことで、ご本人や介護者の負担がかかることを理由に、入院を余儀なくされるケースが多々あります。在宅介護サービスでも、受け入れ先が少ないのが現状です。ご本人に「このまま家で過ごしたい」という思いがあっても、点滴が必要になったり、あるいは末期癌でモルヒネをつかったりする患者さんの対応が、今まで利用していた事業所では対応できないと言うケースも多々ありました。自宅を離れるだけでなく、病気などの進行にあわせて、対応できる介護事業所を探すなど、関わるスタッフも変わってしまうのです。
―― たしかに、自分の希望とは別の理由で担当者が変わるのはストレスですね。情報がちゃんと引き継がれているかも不安になります。
遠矢:担当者が変わることは、実は、僕らにとっても同じようにストレスなのです。たとえば病院への入院は、在宅で療養する患者さんにとって特殊な環境です。初対面のスタッフに囲まれ、病室のベッドの上くらいしか自分の居場所がなく、入院前は歩けていた方が、歩けなくなって帰っていらしたり、入院中に認知症が進んでしまったり、というのもめずらしいケースではありません。だからこそ『ナースケア・リビング世田谷中町』でバックベッドをもつことは、利用者の方々に「いつもの人たちがみてくれている」という安心感を提供でき、ストレスやダメージを減らせる仕組みになると考えています。
――医療と介護の連携で、そのようなメリットが生まれるのですね。ご本人にもご家族にも負担の大きい時期ですし、うれしい仕組みですね。
医療機関による利用者のための「看多機」
―― 現在、看多機の多くは介護系のサービス会社により運営されています。医療機関である桜新町アーバンクリニックが「ナースケア・リビング世田谷中町」を手がけることになった経緯を教えてください。
遠矢:2年ほど前かな。大きなエリア開発の一環で、介護施設をやりたいチームはないかという話があって、そこにエントリーしてみないかと声がかかったのです。「やる?やらない?」と聞いたら(片山さんを見て)「やる」って言って。
片山:え、私ですか?!言いましたっけ?
遠矢:言った言った(一同、笑う)

-大きなチャレンジですが、院長である遠矢先生の独断ではないのですね(笑)
片山:たしかに遠矢先生は、いつもスタッフの意見を汲んでくれますね。たとえば在宅医療現場でのICT活用、地域向けのセミナーなど、これまでもスタッフの色んな「やりたい」を実現してくれました。看多機を始めることで、在宅の現場で感じてきた、もっと患者さんたちの「自宅で最期まで暮らしたい」「入院や施設入所はしたくない」という気持ちに寄り添うことができるのではないかと期待しています。
-新しい試みには通常業務にプラスαのエネルギーがいるものですが、迷いや不安はありませんでしたか?
五島:訪問看護自体は、これまでと変わりありませんので大丈夫です。看多機では、通いサービスにも看護師が入ることになるので・・・、どうでしょうね。やってみないとわからない部分もありますが、このメンバーなので大きな不安はありませんね。
片山:頭をつかって考えながら新しいことにチャレンジしていこうというのは、うちの組織の体質なのです!

左から、五島さん、村島さん。
多職種で“そのひとらしく”を支える連携
-「ナースケア・リビング世田谷中町」には、作業療法士さんも在籍されるのですね。
村島:介護と医療の連携の場に作業療法士が関わらせてもらえるので楽しみにしています。この看多機で大切にしている「自立支援・自律支援」には、リハビリマインドも大きく必要になってくると考えています。利用者に寄り添うという気持ちのケアだけでは、自立・自律は支援できません。ケアの裏付けとなる根拠を持たないと、介護職も相手の方に適切な説明や動機づけができないのです。
そのような意味で作業療法士が、介護職のサポートが出来ればと考えています。それと同時に、通いの中でご家族の方と、どのような介助方法がいいのか、どのような福祉用具や自助具を使うと楽に生活できるのか、ということもご提案できたらいいですね。
片山:わたしたちが目指す看多機では、自立支援とひとことで言っても、ハンディキャップのある方に対して、完全に健常者と同じ自立を目指すのではなく、ハンディキャップと共存しながらそのひとらしく生きていくために、必要なことを支援するのが介護だと思っています。そこで作業療法は欠かすことができません。スプーンの持ち方に始まり、食事の選択や、飲み込みやすい食事を知っていただく、ご家族もケアの手技・方法や考え方を学べるなど、ここでご自宅でのセルフケアが完成する、というところにゴールをもっていければいいなと思っています。

-コアメンバー となる大場さんは、介護業界でキャリアを積んでこられたそうですね。どういった経緯でこの事業に関わることになったのでしょうか?
大場:僕は10年近く特養や老健で現場を経験し、その後、約3年はケアマネジャーとして在宅介護に関わってきました。ケアマネとして片山さんと仕事をする機会があり、今度桜新町アーバンクリニックがこういうことをやるよ、という話を伺ったのがきっかけです。
片山:この話が出た時、介護チームには大場さんが適任だと考えました。業務でお会いしたタイミングで声をおかけしたところ興味をもってくださって、今に至ります。
-どういった点で、大場さんが「ナースケア・リビング世田谷中町」に必要な方だと判断されたのですか?
片山:大場さんは、まず利用者目線です。それに加え、介護職として、医療職にも物おじせず、介護のアセスメントに基づいた根拠のある意見を出してくれます。利用者のニーズを把握して、ニーズに合った介護サービスにマッチングしてくれるのが、ケアマネさんの役割です。たとえば医療者側が「〇〇さんは、日中、独居なのでデイサービスをいれてください」と依頼したとします。大場さんはケアマネとして、まず、利用者ご本人がデイサービスに行きたがっているのか、どんなデイサービスが合っているか、そのサービスの何曜日の時間帯が空いているかまで確認してくれます。唯一空いている時間帯がもし訪問診療とかぶっていたら、訪問診療の曜日変更の相談を持ちかけてくれます。訪問診療のスケジュールは、医療者側が決めてしまうことが多いのですが、そこに一歩踏み込んで利用者と医療者の微調整ができる方でした。
五島:マネージメントが上手なんですよね!
村島:医療者に囲まれると、遠慮して一歩下がってしまう介護職の方は多い気がしますから、そういった方は貴重ですし、ありがたいです。
大場:そんなに持ち上げられるとちょっと恐いですね(笑)。実際は「クリニックにこんな相談をしていいのだろうか」とすごく悩みましたし、初めて電話したときの緊張は今でも覚えています。

目指す介護、医療をあきらめない
-看多機への誘いがあった時、迷いましたか?
大場:本当に興味のあることでしたので、決断は早かった方だと思います。その頃、ケアマネとして、「今の介護サービスではどこかで妥協しなくてはいけない、利用者さんを最後まで支えきれない」と悶々としていた時期でもありました。病気が重く、医療依存が高くなった方の入院先、入所先を探そうという時も、なかなか受け入れ先が見つけられない。介護サービス導入時でも「3日間待ってもらえれば」とお返事いただけても3日も待てる状況ではなかったり。でも当時の自分には、それ以上できることがありませんでした。そんな行き詰まりを感じていたタイミングで看多機の話を伺い、「まさしく!」と飛びつきました。先ほど片山さんから声をかけていただいたと話しましたが、もし声がかかっていなかったとしても、自分で調べて応募していた自信があります。ケアマネという立場上、自分では調整しか出来ない。そこで悶々とするのであれば、自分が動いた方が早いと思ったのです。

遠矢:ケアマネさんの多くは、介護業界出身の方ですよね。介護職の方にしたら、看多機のような医療的なところまでケアする施設は「大変そうだからやめておこう」と思うこともありませんか?
大場:どういう介護をしたいのか、個々の介護観によると思います。介護職が医療を怖がる理由は、「知らないから」「わからないから」というのが大きいのではないでしょうか。「知らない」からと言って、超高齢社会である以上、医療依存度の高い利用者はこれからますます増えていきます。「知らない」「わからない」の解決には、実際に医療と介護がチームで利用者を支える現場を経験することが大事だと思っています。医療と介護が統合する事で、利用者だけでなく職種の異なる専門職同士も共になって暮らしを楽しむ。ナースケア・リビングをそういった場にすることはこの縁に出会った僕自身の使命だと考えています。技術や知識は後からでも経験しながら積んでいけるものですから、介護を学びたい、楽しみたい、という気持ちのある方が、積極的に学べて経験を積める仕組みを作ることが始めの課題です。

ナースケア・リビング世田谷中町(看護小規模多機能型居宅介護)
2017年5月1日開設予定。開設準備の様子は、桜新町アーバンクリニックのブログでも紹介されています。ご興味のある方はぜひご覧ください。