最終回:「情報提供というホスピタリティ」から創造性まで

全3回にわたる遠矢純一郎医師へのインタビューの最終回です。インタビューの冒頭(Vol.1)では、ICT(情報通信技術)を在宅医療の現場にどう浸透させてきたのかというの問いに対し「ICTネットワークの前にヒューマンネットワークが重要」という姿勢を明かしてくれました。Vol.2では、フラットな関係作りの具体的な取り組みから、その裏にある在宅医療だからこそのしんどさと、チーム力の大切さを伺いました。Vol.3となる今回は、地域医療介護連携への取り組みと、そこに力を入れる理由を伺ってまいります。

過去のインタビューはこちら

Vol.1 桜新町アーバンクリニック 遠矢純一郎医師インタビュー

Vol.2 遠矢純一郎医師が「フラットな組織作り」に取り組む理由

遠矢純一郎|Junichiro TOYA
総合内科専門医。日本在宅医学会指導医。スウェーデン・カロリンスカ医科大学 認知症ケア修士。桜新町アーバンクリニック院長。1992年鹿児島大学医学部卒業。大学病院・公立病院などの勤務を経て、2000年用賀アーバンクリニック副院長。2004年から在宅医療に取り組み、2009年より現職。

院内から地域へ、在宅医療のネットワーク

――桜新町アーバンクリニックは、iPhone等を使ったICTネットワークにより、院内だけでなく、地域の介護事業所や訪看STなどとも連携の輪を広げられておられます。院内だけでなく、地域の方々との関係作りについても伺えますか?

遠矢:基本的に院内でも院外でも同じだと思っています。徐々にですがネットワークに参加してくれるところが増えていますが、ここでも重要なのは、地域で医療や介護を支えている方々との基本的な信頼関係の上に成り立つ、「互いに支えあう関係性」です。そして僕らがこれほど情報共有に力を注いでいるのは、連携先の方々が協働に伴い感じるストレスを少しでも軽減したいという思いからです。これは、連携先となる方々へのホスピタリティだと考えています。

――情報共有がホスピタリティなのですか?

遠矢:地域の医療や看護、介護に携わる専門職の方々が最も必要としているのは、おそらく患者さんの病状についての情報、つまり診療情報ではないかと考えてるんです。その方にとって、効果的かつ安全で無理のないケアを行い、よりよい医療・介護を提供するためには、体調や病状の把握が欠かせないからです。しかし、患者さんのケアに関わる多職種の方々にとって、診療情報を握る医師にいちいち“お伺いをたてる”ことは、きっと気をつかわれることだろうと思うのです。医者は忙しそうだし、気難しそうだし(笑)。

だから当院では、連携先の方々に毎回の診療情報をこちらから自発的にお送りしています。もちろん患者さんのご了解を得た上でのことですが、それによってケアに関わる方々はいちいち立ち止まることなく自律的に動くことが出来ます。そうして医療と介護がちゃんとつながっていることは、患者さんにとっても大きなメリットになると思います。

――患者さんにも関係者にもメリットがあるからこそ、連携の輪が広がるのですね。他に、地域の方々に向けて取り組まれていることはありますか?

定期的に勉強を開催し、地域の医療を支える方々に参加いただいています。これは、医療の質を上げるだけでなく、地域の方々と直接顔をあわせるための場でもあると思っています。

それでも地域の看護師さんやソーシャルワーカーさんの中には、医師と直接やりとりすることに慣れないという方もいらっしゃいます。その点をカバーするのが、往診でペアを組んでいる看護師さんです。外部との連携にも必要に応じてうちの看護師が間に入ってくれることで、電話の向こうの地域の看護師さんやSWさんが伝えたい情報を円滑に受け取り、欲しがっている情報を提供し、ということがしやすくなるという効果を生んでいるようです。

画像: 在宅でもできる「頸部聴診法」のセミナーの様子。参加者は職種の枠をこえてペアを組み、嚥下音を実際に聞き比べる体験をしました。 hiroba.plata-med.com

在宅でもできる「頸部聴診法」のセミナーの様子。参加者は職種の枠をこえてペアを組み、嚥下音を実際に聞き比べる体験をしました。

hiroba.plata-med.com

新しい領域を発想していく

――過去のインタビューや訪問の印象から、遠矢先生のクリニックでは、多職種に亘る連携が機能しているという印象を受けます。お付き合いの長い患者さまやご家族であれば、より正確に、医療者同士の関係性の良し悪しを肌で感じられることと思います。これを客観的に評価するには、どのようなポイントをみて判断すれば良いと思われますか?

難しいですね。このクリニックも、僕の目には今のところフラットな関係性を築けていると見えます。でも、それを僕が言いきっていいことなのかな(笑)。みんなに聞いてみないと分りませんね。事実としてここで僕が言えるのは、「よいチームになるように意図的に努力をしている」ということだけです。

――多職種連携のチーム作りにおける、今後の目標や理想はありますか?

フラットだけれども、均一ではないように。フラットな組織の中でも自分らしさを発揮してもらえるチームを目指しています。今もすでに、そのようなカルチャーはできつつあります。個々が必要だ、重要だと考える専門資格にチャレンジする時は、勤務体制も含めてみんなでバックアップする。中には写真の学校に通う人もいたりして(笑)。その多様性は、必ずチームに還元されてくると思っています。

――最後に、もうひとつ教えてください。クリニックのブログや事務所を拝見し気になっていたのですが、先生を筆頭にこのクリニックには手作りやモノづくりを好む方が多いのでしょうか?

ははは。たしかに色々作っていますね(笑)。

画像: 「ものづくり部」がハンドメイドした患者さんのためのバースデーカード。「祝」の字がポップアップするカードまで!Photo:naoko oyama www.sakura-urban.jp

「ものづくり部」がハンドメイドした患者さんのためのバースデーカード。「祝」の字がポップアップするカードまで!Photo:naoko oyama

www.sakura-urban.jp

――より良い在宅医療を目指す上で、クリエイティビティは必要な要素だと思われますか?

遠矢:在宅医療中心のうちのクリニックにとっては、重要な要素かもしれません。ケアとか支えるとかって、クリエイティブな行為だと思うんです。患者さんの生活をみて、その方がどういう医療の形を期待しているのかをイマジネーションする。その上で、より良い価値を提供する。

――在宅医療は「患者さん一人ひとりにオーダーメイドで提供するもの」というお話(Vol.2参照)とも通じますね。

遠矢:さらに言うならば、在宅医療自体が、これまでにない新しい領域の医療です。施設の中で行われてきた医療と同じやり方では通用しない場面はありますから、今までになかった進め方、提供の仕方、新しい仕組みを発想していく力が求められます。ここでも創造性が発揮されるのかなと思います。クリエイティブという点で「これはおもしろいな」と思ったのが、うちの看護師さんたちがつくった『便秘体操』。

――便秘体操!?

遠矢:僕らが担当する介護施設の職員の方から、「患者さんたちの多くが便秘に悩んでいる」というご相談があったんです。施設としては、食事療法での努力をしている。僕らも薬に頼ることはできる。けれど、他にできることはないかと考え、取り組んだのが『便秘体操』です。

うちのスタッフたちは、自分たちで企画し、利用者さんにも楽しんでいただけるようにと、お年寄りにも馴染みのあるソーラン節にのせて、座ったままできる運動を考えました。施設の職員の方だけでなく利用者の方々も巻き込んで体操を作ると、それを毎日続けていただけるようにと映像におさめて編集し、DVDにまでした。最後には、NGシーンとかをまとめた立派なメイキング動画まで作っていましたよ(笑)

――運動によるアプローチから映像制作まで(笑)。DVDにしたことで、介護施設のスタッフの方々には継続しやすく、利用者の方々には愛着のある体操になったでしょうね。実際のところ、便秘改善に効果はあったのでしょうか?

それが……、あったんです!そのチームは学会でも発表していました。DVD、ぜひ観ていってください。

――そうさせていただきます。ありがとうございました!

お話ししてくださった方

遠矢純一郎|Junichiro TOYA
桜新町アーバンクリニック院長。総合内科専門医。日本在宅医学会指導医。スウェーデン・カロリンスカ医科大学 認知症ケア修士。先生のデスクには、小惑星探査機「はやぶさ」のプラモデルが置かれていました。

取材・文:塚田史香 (一部、署名のない画像は編集部にて撮影)
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